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東京地方裁判所 昭和34年(行)28号 判決 1970年6月30日

原告

五十嵐進次

外一一名

代理人

上田誠吉

外四名

被告

日本国有鉄道

代理人

田中治彦

外一五名

主文

本件各訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一処分の存否

(一)  事実

原告らがいずれも被告の職員として別表第二中の国鉄における地位欄記載の地位にあつたこと、被告が別表第一中の免職処分年月日欄記載の日付をもつて原告五十嵐らを定員法附則八項にもとづき、原告河西を国鉄法二九条にもとづき免職したことは当事者間に争いがない。

(二)  法的評価

ところで、本訴のように行政事件訴訟特例法下に提起された無効確認訴訟は抗告訴訟の一種と解するのが相当であるから、無効確認を求める対象は抗告訴訟の対象となるべき行政庁の「処分」でなければならないものというべきである。

そこで右免職が「処分」といえるかどうかについて考えてみよう。

1  原告河西に対する国鉄法二九条にもとづく免職

おもうに、日本国有鉄道(以下単に国鉄という。)とその職員との勤務関係は、私企業とその労働者との勤務関係と本質的には同様の性質をもち労働契約にもとづくものであり、ただその労働関係については公労法の、その分限、懲戒等については国鉄法の各適用を受ける点で特殊性を有するにすぎないと考えられる。従つて、国鉄職員に対する免職等の不利益処分は、これを抗告訴訟によつて争わせる旨の実定法の定めのない限り、同様な法関係は同様な法原則に服せしめるという一般原則からいつて、私企業の労働者に対する解雇についてと同様民事訴訟法によつて争わせるのが法の趣旨であると解するのが相当であるところ、実定法上、国鉄職員に対する国鉄法二九条による免職処分については、例えば国家公務員や地方公務員に対する不利益処分の場合(国家公務員法九二条の二、地方公務員法五一条の二参照)とは異なり、これを抗告訴訟によつて争わせる趣旨の規定はないから、これを抗告訴訟の対象となる「処分」と解することは困難である。

そうすると、国鉄法二九条にもとづく右免職が「処分」であることを前提としてその無効確認を求める原告河西の訴えは、その余の点について判断するまでもなく不適法といわざるをえない。

2  原告五十嵐らに対する定員法附則八項にもとづく免職

定員法にもとづく国鉄職員の免職は、行政機関が同法によつて行なう免職に準じて行政処分としての取扱いを受ける(最高裁判所昭和二九年九月一五日大法廷判決参照)から、原告五十嵐らに対する定員法附則八項にもとづく右免職はこれを抗告訴訟の対象となる「処分」とみることができる。

二訴権の行使と信義則

右のように、原告五十嵐らに対する定員法にもとづく免職は「処分」であり、また本訴は無効確認訴訟であるから出訴期間の制限は受けないとしても、訴権の行使が信義則に反してならないことはいうまでもない。

そこで、以下このような見地から右免職より本訴提起までの経緯について検討することとする。

(一)  事実

1  <証拠>によれば、

(1) 原告五十嵐らは本件処分を受けた直後、被告から退職手当として提供を受けた金員を受領し

(2) 原告加藤、同黒崎、同林、同兵頭、同宮原は、免職直後、国家公務員共済組合法による退職一時金を国鉄共済組合から受給すべく、その請求書に本文として、「国有鉄道共済組合規則に依り給付相成度」と、その事由として、「何年何月何日行政機関定員法により免職」と各記載してこれを旧所属長を経て、その進達により国鉄共済組合東京支部管理者である被告の東京鉄道局長に提出し、同局長はこれを受理し、別表第一中の退職一時金決定年月日及び額欄記載の日に同欄記載の額の退職一時金を支給する旨決定し、右原告らは当時これを受領し

(3) 原告井上、同鈴木勝夫は、免職直後、国家公務員共済組合法による退職年金を国鉄共済組合から受給すべく、その請求書に前記退職一時金請求書と同様の事項を記載し、これに退職届を添附して(但し原告井上は退職届を先に提出した。)旧所属長を経てその進達により国鉄共済組合に提出し、その本部管理者である被告の厚生労働局長は右原告らに対し別表第一中の退職年金額欄記載の金額を退職年金として給付する旨決定し、右原告らはその後引きつづきこれを受領し

(4) 原告五十嵐、同井上、同梶原、同金子、同鈴木市蔵、同鈴木勝夫は、恩給法による一時恩給を受給すべく、免職当時の本属長である被告の総裁に、「何年何月何日日本国有鉄道職員を退職致候に付一時恩給を給与相成度証拠書類相添へ請求候也」と記載した請求書を提出し、同総裁が昭和三四年八月から昭和二五年八月にかけて順次進達した結果、内閣恩給局長はそのころ別表第一中の一時恩給請求年月日及び額欄記載の金額を一時恩給として支給する旨の裁定をなし、右原告らは当時それを受領し

たことを認めるに足りる(以上の各金員授受の年月日、手続、趣旨は別として、金員授受自体の事実は争いがない。)。

2  <証拠>によれば、原告加藤、同金子、同里崎、同林、同宮原は本件処分の告知を受けた際免職辞令又は退職金の受領を一旦は拒む等本件処分の効力を争う態度に出たほか、原告五十嵐らはそれなりに本件処分の背景、その真の狙い等につき独自の考察をめぐらし、これが違法不当であるとの結論に到達したのであるが、本件処分に伴ない収入を失い生活費の不足に悩み、殊に原告宮原は所謂三鷹事件により長期間にわたり勾留されるという苦境におちいつたのでここに原告五十嵐らは当時の情勢をも考慮して前記のように順次退職金等を受領し生活費の一部に費消するのやむなきに至つたことが認められる。その心情において心残りであつたことは容易に推察できるところであるが、右各証拠によつても、原告五十嵐らが右各金員の受領に際し被告に対して本件処分の効力を争う意思を有しこれを表明したことを認めるに足りず、その他右事実を肯認するに足りる証拠はない。

3  原告五十嵐らが右退職金等を受領した後、記録上明らかな本訴提起時である昭和三四年三月一一日までの間に被告に対し本件処分の効力を争つて被告の職員としての権利を有する旨主張したと認めるに足る証拠はない。

4  以上のように、原告五十嵐らは、当初は本件処分の効力を争つたものの、昭和二四年秋過ぎ頃までに退職手当及び退職一時金を、また、そのころ退職年金を、そして、おそくとも昭和二五年夏までに一時恩給を、それぞれ異議をとどめずに、受領し、それ以後本訴が提起された昭和三四年三月まで約九年半の間本件処分の効力を争わなかつたのであるから、被告において原告五十嵐らが労働関係の消滅を争わないものとしてその前提のもとに職員の配置転換等の善後措置をとりその組織を形成し活動をつづけてきたことは容易に推認できる。

(二)  法的評価

おもうに、定員法にもとづく免職が「処分」とされる理由の一つは、これについて早期に不可争力を生じさせ法律関係の安定を図ろうとするところにあると考えられるのみならず、そもそも労使の法律関係というものはこれを早期に安定させる必要が存在するのである(労働組合法二七条二項、公労法二五条の五第四項、労働基準法一一五条参照)。しかも、本件のように免職処分を受けた者が異議をとどめず退職金等を受領し、その後長期にわたつて右処分の効力を争わないときは、企業側において、労働関係が消滅したものと信じてその上に新たな企業組織を形成し、企業活動を展開してきたとしても、もつともなことであるから、そのような場合に免職処分を受けたものが長期間を経てから突如その無効を主張して訴えを提起することは、労働関係上の権利の行使としてはもとより訴権の行使としてもあまりにもし意的であり、信義にもとる行為であるといわなければならない。

そうであるとすれば、原告五十嵐らの本件訴えは、前示のような事実関係に照らし考えるとき、信義則に反する訴権の行使として不適法とみるのが相当である。

三むすび

以上のとおりであるから、原告らの本件各訴えをいずれも不適法として却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。(沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)

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